Tuesday, April 17, 2018

日本のビジネススクールは行く価値があるか?

松野 弘(千葉商科大学人間社会学部教授)

<そもそも日本企業はMBA取得者を厚遇しないという問題もあるが、世界標準のビジネスマネジメント能力を学ぼうとしたとき、米国と日本どちらのビジネススクールに行くべきだろうか>

少子高齢化、ICT化、グローバル化といった社会変化の激しい環境の中で、ビジネスパーソンがどのように自分のキャリアを形成していくかということがきわめて重要になってきている。というのは、こうした社会変化に対応して自らのスキルを磨いていかなければ、ビジネスパーソンとして生き残ることができないからだ。

まず、一般的にサラリーマン人生にとって、入社から最初の10年間(22~32歳)は経験の蓄積、つまり、仕事を覚えることが基本だ。次の10年間(32~42歳)は仕事の発展期である。これまでの仕事上の基盤に立った上で、自由に自らの戦略的展開ができ、最も仕事がおもしろい時期である。

ちょうどこの時期に、大手企業であれば、海外研修や海外留学をする機会を与えられることが多い。とりわけ、グローバルな競争が企業の将来に大きな影響を及ぼす現代にあっては、世界標準のビジネスマネジメント能力を身につけることは現代のビジネスパーソンにとって必須事項である。

では、そのためには、最先端の米国の経営大学院(ビジネススクール)に留学しなければならないのか。それとも、最近増えてきている日本のビジネススクールでも十分なのだろうか。

例えば、金融関係(銀行・生命保険・損害保険等)であれば、本人の英語力さえあれば、ハーバード大学、ペンシルベニア大学、コロンビア大学、ノースウェスタン大学、スタンフォード大学等の米国の超一流ビジネススクールに進学することが可能だ。

こうした大学院には、世界の政府機関の若手官僚等が留学していることも多く、そうした人々との交流はもちろんのこと、世界各国の実業家の御曹司等と友人になることも多いようである。

楽天を創業した三木谷浩史氏(一橋大学商学部卒業)は日本興業銀行(現みずほ銀行)から、2014年にローソンの会長からサントリーホールディングス社長に転身した新浪剛史氏(慶應義塾大学経済学部卒業)は三菱商事から、それぞれハーバード大学のビジネススクールに進み、経営学修士(MBA)を取得している。

超一流のビジネススクールで学び、そこで人的ネットワークを広げてきたことが彼らのその後の人生に大きな影響を与えたことは確かである。

ビジネススクールの現状――日本と米国の場合

企業活動のグローバル化に伴って、日本企業においても、海外の大学を卒業した学生を新規に採用したり、外国人を積極的に雇用したりと、年々グローバルに対応できる社員の増加をはかっている。

こうした状況を反映してか、日本企業の社員も国内外のビジネススクールへ自費で入学する人たちが多くなってきているようである。

現在、日本のビジネススクール(MBA、アカウンティング・ファイナンス、MOT〔技術経営〕の学位を取得できる大学院)の数は国立・公立・私立大学等を含めて約100校程度とされているのに対して、米国のビジネススクールは約600~800校程度となっていて、圧倒的に米国のビジネススクールのほうが多いのが実態である(金雅美「日米ビジネススクールの現状と課題」・和光大学総合文化研究年報[東西南北2015])。

この背景には、米国のビジネス界では、企業の経営幹部にビジネススクール出身者が多いこと、そうした人々が成果をもたらしているということから、ビジネススクールに対する社会的評価が高いことが理由として挙げられる。と同時に、米国の有名ビジネススクール出身者には、約1400万~2000万円程度の初年度年収が保証されていることも大きい。

アメリカのビジネスパーソンがなぜ、高い授業料(2年間で750万~850万円前後、他の費用を含めると1000万円以上の負担)を払ってまでビジネススクールへ行くかといえば、ビジネススクール、とりわけ有名なビジネススクール――例えば、ペンルベニア大学ウォートンスクール、スタンフォード大学経営大学院、ハーバード大学経営大学院など――でMBAを取得すれば、就職先の企業から高額な初任給を得られるからだ。

具体的には、
1位 ハーバード大学経営大学院17万7500ドル(1952万円)、
2位 ペンシルベニア大学ウォートンスクール14万6068ドル(1606万円)、
3位 シカゴ大学ブース経営大学院14万5750ドル(1603万円)となっている(日本円は1ドル=110円で換算、出典:ZUUO online編集部、2016年)。

それゆえに、米国では、ビジネススクールの高い授業料を払っても十分にペイする報酬を獲得できるので、ビジネススクールでMBAを取得することは、きわめて教育投資効果が高いのである。

他方、日本の多くの企業ではたとえ国内外の著名なビジネススクールを修了しても、待遇は他の社員と同じで、高い報酬は約束されていないのが現状である。というのも、社員教育は社内研修でという伝統的な日本的経営の手法が日本の企業に根付いているからである。

そのため、こうしたビジネススクールの出身者は、帰国して元の企業に戻っても、数年後には高報酬の外資系ビジネスコンサルティング企業(ボストンコルサルティングやマッキンゼーの日本支社等)や外資系企業の日本支社幹部に転職するのが常である。

というのも、いくら欧米のビジネススク-ルでMBAを取得しても地位も給料も上がらないからだ。こうした事情の背景をみると、問題は日本的経営方式にどっぷり漬かり、年功序列方式で社員を処遇している日本の企業が大半だというところにある。


百花繚乱となった日本のビジネスクールだが

日本の企業は経営者と従業員の運命共同体として見事に戦後復興を遂げ、世界有数の経済大国へと発展してきた。しかし、経済のグローバル化に伴い、グローバルスタンダードのマネジメント・スタイルを採用しないと世界の企業と競争できなくなってきたという深刻なビジネス環境の変化がある。

そこで注目されたのが米国流のビジネス活動を推進していくためのメソッドであり、ビジネススクール等の高等教育機関を通じて、ビジネス戦略等を身につけなければならないという現実的な要請が日本の企業に求められた。

日本のビジネススクールの先駆けは、1978年に慶應義塾大学が「和製MBA」を掲げた大学院経営管理研究科である。

その後、1988年に新潟に財界の要請で設立された国際大学大学院国際経営学研究科、1989年に夜間の社会人向けビジネススクールとして設立された筑波大学大学院ビジネス科学研究科、同様に神戸大学にも1989年、大学院経営学研究科に社会人MBAプログラムが設置された。

さらに、2000年に専門職大学院としての国際企業戦略研究科が一橋大学で最初の入学生を迎え、名古屋商科大学、青山学院大学と、ビジネススクールが次々とつくられることになった。その他にも早稲田大学、明治大学、法政大学、中央大学といったように、まさにビジネススクールの百花繚乱である。

これはすでに述べたように、企業活動のグローバル化の進展に対応した国際的人材の育成という大学側の経営上の思惑でもある。

ただし、欧米のビジネススクールはグローバルな企業戦略を基本としたカリキュラム体系であるが、日本の場合、グローバルなビジネス環境を参考にしながらも日本企業の経営風土を軸とした教育を行っているのが日本型のビジネススクールの特徴である。

多元的なビジネス価値を基盤とした欧米のビジネススクールと、一元的なビジネス価値を教育の基本としている日本のビジネススクール。いずれに学ぶ価値があるだろうか。

過渡期のビジネススクール――高等職業専門学校か、大学院か

英国の有力高等教育評価機関、クアクアレリ・シモンズ(QS)は毎年、世界のビジネススク-ルのランキングを発表しているが、最新の「QS Global MBA Rankings 2018」によれば、1位ハーバード、2位INSEAD、3位HEC パリ、4位スタンフォード、5位ロンドン・ビジネススクールとなっており、アジア勢では、上海(中国)のCEIBSが28位、香港大学が38位、シンガポールの南洋理工大学が42位となっている。

日本のビジネススクールは141-150位に早稲田大学ビジネススクール(大学院経営管理研究科)、151-200位に名古屋商科大学ビジネススクールがやっと登場している。慶應義塾大学ビジネススクール(大学院経営管理研究科)が登場していないのは不可思議だが、本来なら早稲田とはほぼ同等以上にランクインされるはずである。

こうした大学ランキングは、世界でさまざまな機関が毎年異なる基準で発表しているので、これが信頼できるものとは正確にはいえないが、総じて、日本のビジネススクールは欧米の超一流のビジネススクールよりも評価されていないということは確かだ。その大きな要因の1つは、日本のビジネススクールは教育と研究の質が相対的に低いことにある。

例えば、欧米の場合、ビジネススクールというMBA(修士課程)のレベルであっても、正規の専任教員はすべて博士号を保有している。企業経験があるからといって、ビジネススクールの教員として採用しているのは日本のビジネススクールだけだ。これではまるでビジネススキルを身につけさせるための高等職業専門学校のレベルである。

ちなみに、日本のビジネススクールでトップクラスと称されている慶應義塾大学ビジネススクールと早稲田大学ビジネススクールの教員の学位取得を比較してみると、(1)慶應義塾大学の専任教員(27名)がすべて博士学位(海外・国内の大学院)を保有しているのに対して、(2)早稲田大学の場合、専任教員49名のうち博士学位取得者は37名で、博士号取得率は約75%である。

一般の学部に比べると博士号取得率は高いが、この点では慶應義塾大学ビジネススクールのほうに軍配が上がる。

慶應義塾大学の場合、欧米のビジネススクール並みにアテガミックとビジネスの双方の経験を備えているのに対して、早稲田大学の場合は、欧米のコンサルティング企業などの企業経験者を数多く、教員として採用しているのだ(注:早稲田大学ビジネススクールは、①大学院商学研究科ビジネス専攻の専任教員、
②大学院会計研究科の専任教員、
③旧アジア太平洋研究科国際経営学専攻の専任教員、
④大学院ファイナンス研究科の専任教員を集約して、2016年に大学院経営管理研究科として発足しているので、専任教員の数が他大学に比べて非常に多い)。

本来、ビジネススクールで学ぶ目的は企業の経営幹部として、ビジネスマネジメント能力を獲得することである。単なるビジネススキルを学ぶだけであれば、高い授業料を払ってビジネススクールに通う必要はなく、専門学校レベルで十分である。

高度なマネジメントスキルを企業経営に活かしていくためには、経営哲学・経営政策・経営戦略をグローバルに展開できるようなビジネススクールが必要であることは論を俟たない。

日本のビジネススクールは今後も日本的経営型のビジネス環境に追随していくのか、それとも、グローバルなビジネス環境に対応していくのか、明確な教育方針・カリキュラム体系・教授陣の質的向上等の改善策を図っていくことが求められるだろう。

最後に、ビジネススクールでMBAを取得していなくても、ビジネスの世界で成功した人々がいることも付記しておきたい。

マイクロソフトのビル・ゲイツ、アップルのスティーブ・ジョブズ、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグという世界有数のベンチャー企業の創業者たちは、いずれも大学中退者だ。ゲイツとザッカーバーグはハーバード大学、ジョブズはリード大学(オレゴン州)の中退である。

ビジネススクールだけが果たして21世紀のグローバルなトップマネジメントを育成する高等教育機関であるかどうかを再考していく必要があるだろう。

[筆者]
松野 弘
博士(人間科学)。千葉商科大学人間社会学部教授、千葉大学予防医学センター客員教授、東京農業大学客員教授等。日本大学文理学部教授、大学院総合社会情報研究科教授を経て、千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。千葉大学を定年後、現職。『現代環境思想論』(ミネルヴァ書房)、『サラリーマンのための大学教授の資格』(VNC)、『大学教授の資格』(NTT出版)、『大学生のための知的勉強術』(講談社現代新書)など著作多数。

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